葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午

葉桜の季節に君を想うということ (本格ミステリ・マスターズ)

葉桜の季節に君を想うということ (本格ミステリ・マスターズ)


きっかけ
ついつい厚い本だと買ってしまう。歌野晶午という名前も聞き覚えがあった気がした。


ネタバレ・あらすじ
主人公は成瀬将虎。白金に妹と一緒に住んでいる。時々女を買ったり、援助交際をしていたりする。ジムで体を鍛えていて、パソコンの講師、ドラマのエキストラ、ビルの警備員の仕事をしている。ある日、主人公は駅で飛び込み自殺をしようとしていた麻倉さくらを助けてしまった。後日お礼と称したさくらからのデートを申し込まれる。


主人公の後輩のキヨシとは同じジムで知り合った。キヨシは高校に通っている。ジムで惚れた久隆愛子が調子が悪くて最近ジムに顔を見せないので、主人公と共にお見舞いに行った。そこで、愛子の父親の久隆隆一郎は交通事故で死んだことを知るが、それは蓬莱倶楽部という健康器具や健康商品を売りつける悪徳会社の仕業じゃないかと愛子はかんぐっている。そのために、主人公が探偵活動をして調べ上げることを約束する。


主人公は昔、家を飛び出して自分のやりたかった探偵事務所に務めたことがある。近くのヤクザ組織の中で、覚せい剤を奪われる事件が起こり、その日の夜に覚せい剤を奪われた組員が腹を割き内臓が飛び出しているというすごい状態で死んでいたのだ。これは別のヤクザによる攻撃だと考えたので、主人公のその別のヤクザにスパイとして送り込まれた。潜入先のヤクザ組織でもそれと同じような事件が起きたが、主人公はそれを解決してしまった。実は、覚せい剤が盗まれたと言うのは狂言芝居で、盗まれた組員本人がコンドームに覚せい剤を入れて自分で飲み込んで横領していたのだ。何度かはうまく横領できていたのだが、今回はコンドームが腹の中で裂け、急性薬物中毒で幻覚などを見て自分で腹を切っていたのだ。この事件を解決して、スパイであることを話し、探偵事務所の説得とヤクザ側の不祥事を公にしないことで組を抜けることができた。


探偵活動として、無料体験会に参加した。そこでは、博士の講義があったりして、水を無料でもらえる。その後即売会になるが、一緒に参加した妹に体験してもらっている間に、販売員の手帳をみたり、携帯電話からツールを使い全データを抜き出して、逃げ出した。さらに、事務所に清掃員としてもぐりこみ、書類を盗み見ようとしていた。体調の悪い社員が多くて、たまたま部屋が無人になったときに、書類を物色するが、蓬莱倶楽部の社員に見つかってしまった。この時は、浮気の可能性を疑い後をつけていた麻宮さくらの機転で火事を起こし、そのどさくさにまぎれて逃げることに成功する。このときにほぼ真相をつかんでいたが、証拠がほしい。しかし、もう顔を見られているので、同じような手は使えない。そこで盗んだ携帯電話の情報から、その事務所で働いていた女性事務員の名前の番号に電話をかけ、宅配便を装い住所を聞き出した。その住所におしかけて、蓬莱倶楽部の悪行を説明し、鍵をかしてもらうという正面突破をはかる。事務所には入れてくれたのだけど、女性事務員は上司に連絡してまた捕まってしまう。蓬莱倶楽部の社員に久隆のことやその他の悪事を問い詰めると、冥土の土産に教えてくれた。しかし、蓬莱倶楽部の社員は、主人公が老人だと油断していたので逃げることができた。そして、自分の家に麻宮さくらを呼び出して、妹と共に篭城する。そこで麻宮さくらに、この事件のことを種明かしする。


麻宮さくらは、実は古谷節子というのが本名だった。他にも2人の名前と戸籍を持っている。古谷節子は、お金に無頓着でつい癖で買い物をたくさんしてしまう。そこを蓬莱倶楽部につけこまれて、借金までして買ってしまった。その借金取りの中に蓬莱倶楽部の息のかかった高利貸しがいて、利息を払うだけで精一杯で、借金が返せない。蓬莱倶楽部が借金を減らしてくれるというので、保険金殺人や年金の不正受給、結婚詐欺などを行うようになる。そこで不正に得た名前の1つが麻宮さくらだったのだ。もうこういう犯罪の片棒担ぎは嫌になって、自殺をしようとしていたのだ。麻宮さくらは、その後、人生をやり直すために、主人公を罠にかけてそのお金などを蓬莱倶楽部に納め、それを最後にこの仕事をやめさせてもらおうとしていたのだ。しかし、麻宮さくらは主人公に好意を抱いていたので、どこか割り切れなかった。


主人公は、実はパソコン教室の生徒の安藤という人とよく飲みに行っていた。離婚した妻が連れて行った娘の様子を知りたいと主人公にお願いする。娘は17歳と言う年齢をかくして、スナックのチーママをしていて母親の借金を返していることを安藤に正直に話した。それから安藤とは疎遠になったが、安藤は飲みにいくのも普段の食事も我慢してお金を送っていたのだ。そんなときに自分が病気であることをしり、治療をするとお金を送れないので、生命保険に入り保険金を送ろうと自殺した。しかし、自殺後すぐには保険金は払われず、さらに蓬莱倶楽部からいつの間にか保険金がかけられていた。このままでは安藤が無駄死になるので、第一発見者だった主人公が死体を埋め、安藤として生きて年金などを不正受給して娘に送ってあげていた。そのことを警察に自首して、さらに麻宮さくらも訴え、そして蓬莱倶楽部も訴えるという。久隆愛子に本当のことを話すと、警察には訴えずに、愛子が死ぬまで裁判は続くだろうから、指摘に裁く可能性があったので報告しないことにして、主人公になりに蓬莱倶楽部をなんとかする気だった。


最後は、主人公や麻宮さくらなどが老人であることが明かされる。もう70歳になる老人たちだったのだ。しかし、医学の発達や社会保障の充実により、老人の平均寿命はどんどん延びていて、だからその気になればまだまだなんだってできると言う。だか、主人公はいろんな仕事をしたり遊んだりしていて、20歳の時にできなかったことをしている。それは桜が花を散らした後も、葉桜にもなるし紅葉もするなど生きているということになぞらえて麻宮さくらの今後の人生を応援し、一緒に生きていこうと話す。


巻末には、歌野晶午のインタビューがある。本格推理を書きたいが、二階堂に「人狼城の恐怖」を書かれてしまい、これが自分の理想に近いものだったので、しばらくこういう作品は書けないと言う。他にも、今まで書いた全作品についてもコメントしているので、読んでみるとおもしろい。


感想・レビュー
叙述トリック。若者だと思わせておいて、実は主要な登場人物はみんな老人だった。おもいっきり騙されてしまった。主人公の仕事や体を鍛えていることところ、最初にセックスの話で始めたところ、後輩が高校生というところ、妹も旅行などで遊びまわっているところ、麻宮さくらが料理の準備をして主人公の家の前で待っているところ、携帯電話を使うところなど、騙す部分はたくさんあった。状況説明や話として必要だったのかもしれないが、後から考えてみればそういう若く見せるための説明がすごく多いのが怪しいのかもしれない。でも、読んでいる最中になんか違和感を感じていたのは、その所為だったのかもしれない。時間の感覚が飛び飛びというか。


そういえば、蓬莱倶楽部は結局どうなったのか書かれていない。この本の主題はそこではなくて、長い人生なので何歳になっても気力さえあれば何でもできるということなので、最後には必要ない部分なのかもしれない。その途中までの事件の経過は、老人でもいろいろできることの表れとして解釈したい。