螢・納屋を焼く・その他の短編 村上春樹

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

螢・納屋を焼く・その他の短編 (新潮文庫)

きっかけ
大学生の頃に付き合っていた彼女が村上春樹のエロさがなんか好きと言っていて、それで村上春樹作品をほとんど読んだ気がする。引越しなどで全部売ってしまったのだけど、なんか買い戻したくなった。しかし、1Q84などの売れ方から興味をもった人が多いのか、ブックオフでも100円で見つかることがすごく減ってしまった。そんな時に見つけた1冊。


ネタバレ・あらすじ

主人公の僕の回想の話。14,5年前の大学に入ったばかりの頃。ちょっと右翼気味の人たちが運営する寮に入っていた。朝は君が代国旗掲揚で始まった。同居人は吃音があり将来は地図を作ろうと勉強している。この同居人がとても几帳面で部屋はいつも片付いていて、朝は決まった時間に起きてラジオ体操をして僕とそれについて喧嘩したこともあった。
そのラジオ体操の話をすると彼女はくすくす笑った。彼女は高校生の時に死んだ仲の良い友人の恋人だった。高校生の間によく3人で遊んだ。友人は最後に僕とビリヤードをしたあとに車の排気ガスで自殺をした。葬式の後、彼女とは1度会っただけだった。
半年ぶりにあった彼女は女子大に通っていたが見違えるほど痩せていた。それから話すことのあまりない僕らは月に1、2度歩くだけのデートをした。だんだんと距離は縮まり、列になっていたものが自然と横を歩くようになり、寒くなるころには腕に体を寄せるようにもなった。ただ彼女が求めているのは誰か別の人のぬくもりだった。
それから月日が過ぎ6月になり、彼女は二十歳になった。誕生日は雨だったがケーキを買い彼女のアパートでお祝いをした。食事の後にワインを飲むと、彼女は珍しくよくしゃべった。たくさんの話を克明に4時間以上話し続けた。僕は帰りの電車を気にしたが、彼女の話をとめたほうがいいようにも、とめないほうが良いようにも感じられた。しかし、結局話をやめさせることにして帰る旨を告げたが、彼女は一瞬口をつぐんだだけですぐにまたしゃべり続けた。
彼女の気が済むまでしゃべらせておこうと思ったが、気がつくと彼女の話は終わっていた。突然彼女の話は消えてしまった。そして、泣き出して涙は止まることがなかったので、僕は抱きしめた。そして、彼女と寝た。彼女はまだ寝ていたが、近いうちに電話をしてほしいというメモの残して僕は帰った。
それから1週間しても電話はかかってこなかった。彼女のアパートは電話の取次ぎをしてくれないので、僕はできるだけ正直な気持ちを手紙に書いた。彼女からの返信が7月にあった。大学を休学することにして、京都の療養所に行くという内容だった。僕はそれからも今までと同じように土曜の夜には電話の前で待った。
その月の終わりに同居人が近くのホテルの客寄せから紛れ込んできた螢をインスタントコーヒーの瓶に入れてくれた。僕は螢の瓶を持ってくれて寮の屋上にあがった。記憶より弱い光の螢を見ながら、水門の何百匹という螢を思い出したりした。螢は瓶からだしてもなかなか飛び立たなかった。最後には闇に光の軌跡を残して飛んでいった。

納屋を焼く
彼女とは知り合いの結婚パーティで出会った。僕は31歳で彼女は20歳だった。彼女はパントマイムの勉強をしながら、モデルの仕事で生活していた。足りない分は幾人かいるボーイフレンドからの援助で成り立っていた。蜜柑剥きのパントマイムを見せてもらった。蜜柑があると思い込むのではなくて、蜜柑がないことを忘れることが必要だ。
二年前の春の彼女の父親がなくなりまとまった額のお金が入った。彼女は北アフリカに行きたいというので、アルジェリア大使館の女の子を紹介した。彼女は3ヶ月後にきちんとした身なりの日本人の恋人を連れて帰ってきた。恋人は20代後半で貿易の仕事をしているらしい。
それからも彼女と彼とは何回か顔を合わせた。偶然街で彼女とあっても必ず彼は一緒にいたし、僕が彼女とデートするときも送り迎えをした。
妻が親戚の家にでかけてりんごばかり食べていたある日、彼女は彼とうちに遊びに来た。いろんな食料品を買い込んできていた。サンドウィッチやスモークサーモンを食べ、ビールを飲んだ。
その後、彼にマリファナをすすめられ1ヶ月前から禁煙していることで迷っただけが吸った。ビールと大麻により彼女はすぐに寝てしまった。彼は応接間で2本目の大麻を吸っていた。大麻により僕は小学校の学芸会でやった子ギツネが手袋を買いにいく話を思い出していた。
その時に、唐突に彼は「納屋を焼くんです」と言った。聞き違いかと思い聞き直すと「時々納屋を焼くんです」と繰り返した。誰もつかっていないような納屋にガソリンをかけてマッチを放ち、遠くから双眼鏡で眺めるらしい。2ヶ月1度くらいのペースが一番自分にあっている感じがするらしい。いつでも焼けるような納屋を常にストックしておくようだ。次に焼く納屋は決まっていて実は今日はその下見だったらしい。
そして、5時に恋人を起こし、ビールを20本以上飲んだはずなのに彼は完全に素面のままスポーツカーを運転して帰っていった。
僕は次の日、本屋で僕の住む街の詳細な地図を買ってきた。その地図を元に3日かけて4キロ四方をくまなく歩き、16個の納屋の場所に×印をつけた。その納屋から彼が焼きそうな納屋を調べ始めた。人家に近かったり、まだつかっているものなど、人に迷惑をかけそうなものは除外した結果、納屋は5つにしぼることができた。その納屋のめぐるジョギングの最短コースを計算した。距離は7.2キロだった。
翌日から1ヶ月間毎日そのコースを走ったが、5つの納屋はどれも焼けてなくなることはなかった。
12月の半ばに彼にあって納屋についての話を聞いた。納屋は前に会った時から10日後に焼いたという。場所も近くだという。近く過ぎて見落としたのではないかと言われた。
その後、彼女についてきかれた。1ヶ月前から連絡がとれなくなっていて、無一文でで消えてしまったらしい。僕もその後何度も彼女に電話をかけたが、連絡はとれない。アパートにも行ったが部屋はしまったままで管理人も見つからなかった。さらに1ヶ月後には彼女の部屋には別の住人の札がかかっていた。
それ以降もずっと5つの納屋のジョギングコースを走っているが、納屋は1つも焼けていないし、納屋が焼かれたというニュースもきかない。


踊る小人
夢の中で小人がでてきて、僕に踊りませんかと言った。それが夢だとは分かっていたが疲れていたので断った。小人の踊りはとてもうまくかった。踊りをやめた後、小人は身の上話を始めた。小人は踊りのない北の国から、踊るために南の国へ来た。酒場で踊り評判になって革命前の皇帝の前でも踊った。皇帝が亡くなった後は、街を追われ森で暮らした。小人はその後も踊り続け、僕は葡萄を食べた。空気がひやりとして、消え時を悟って僕は、「そろそろ行かなくちゃいけない」と小人に言った。さよならを言ったが、小人はまた必ずここに来ることになり、それからは森で自分と一緒にずっと踊ることになると言った。
夢からさめると職場のゾウ工場に行った。象工場は部品ごとにそれぞれのヘルメットとズボンが建物の色と同じになっていた。今僕の配属されているのは作業のとても簡単な耳づくりセクションだ。ゾウ作りは1頭のゾウを捕まえてきてのこぎりで解体して、ゾウの部品を水増しして5分の1だけ本物で5分の4が偽物のゾウを作る。それは見た目には分からなくて、ゾウ自身にも分からないくらいの代物だ。
耳セクションでノルマをこなした後は、相棒と世間話をしたり本を読んだりする。その中で夢に小人がでてきた話をすると、いつもは無反応な相棒が小人の話を聞いたことがあると言い出した。やっとのことで思い出した小人の話をしていたのは、革命前からつとめている第6工程の植毛じいさんだという。話の内容はきいたのがずいぶん前なので忘れてしまったので、自分と聞きに行くといいと言われた。
終業のベルの後に第6工程に行くとすでにおじいさんはおらず、いつもの古い酒場にいると教えてくれた。老人は古い革命の前の写真の下に座っていて「これがワシだ」と言った。メカトール酒をおごり席を変えてから、踊る小人の話を聞かせてもらうことにした。
踊る小人は北から来て、毎日このゾウ工場の酒場で踊っていたらしい。小人は酒場で半年踊り、小人は踊り方1つで人々の感情を自由に操るやり方を身につけることになった。その評判は皇帝の耳に届き、皇帝の前で踊った。そして宮廷に召し抱えられるようになった。1年がたった頃革命が起き、皇帝は殺され、踊る小人は逃げた。踊る小人はそれから今でもずっと革命軍に追われているらしい。どうやら小人が皇帝の前で感情を動かす力を使い、そのせいで革命が起こったんだという噂もあるらしい。
それきり夢に小人がでてくることもなく、僕は毎日ゾウ工場で働いた。第8行程にとびっきりの美人が入ったというので、適当な理由をでっちあげて身に言行った。その子はとてもきれいで踊りに誘ったが、全然相手にされなかった。
その夜に夢に踊る小人がでてきた。小人は前に会った時よりも疲れていて、踊っても疲れないような活力が必要だと言った。小人は女の子をなんとかしたいのだろうと言った。踊れば彼女をものにできるといったが、その踊りを習得するまでには半年はかかると言った。明日彼女と踊るのでそんなに待てないというと、小人が僕の中に入り僕の体で踊ればなんとかなると言った。小人の良くない噂があったので体をのっとらってないか警戒したら契約を持ちかけられた。舞踏場に足を踏み入れてから女を完全にモノにするまで僕は一言も声をだしてはいけない、声をだしたら体をもらい、我慢出来れば小人は体をでて森に帰るというものだった。僕はその契約にのった。
土曜の夜に舞踏場に行ったが、彼女は1時間が過ぎてもなかなか現れなかった。9時を過ぎた頃に彼女は現れた。幾人ものエスコートをする手を払い踊った。僕はそこに近づいていき旋風のように踊った。僕の体は僕のものではなかった。何時間も踊って後、彼女は僕の肘をつかみ舞踏場をでて川沿いを歩いた。ダンスの後で何もしゃべる必要はなく、ただ彼女はくちづけを待っているようだった。そこに口を近づけていくと彼女の顔に変化が起こった。顔中から蛆虫や膿があふれでてきて、歯や髪が抜けくずれていく。思わず声をあげそうになるが、これは小人の罠と思い、腐臭のする彼女の口のあった部分にくちづけをした。小人は負けを認め体から出て行った。ただ小人は今後何度も僕の前に現れ勝負をする、1度でも負ければ体は俺のものだと捨て台詞を吐いて消えて行った。
結局小人の言うことは正しくなった。僕の踊りを見た誰かが小人が中にはいっていると官憲に告げ口をしたらしく、ずっと追われている。ゾウ工場のゾウを1匹盗んで森に逃げた。小人は毎夜夢にでてきて体に入れろといった。森で踊り続けることになるが、体は八つ裂きになることはないと言う。


めくらやなぎと眠る女
僕はいとこを連れて耳鼻科の病院に行くことになっていた。いとこは小学校でボールをぶつけられて以来、右の耳が聞こえなくなってしまった。それにより左耳にも影響が出ることがある。ただ今まで8年間で回った耳鼻科は外傷のせいではなく、精神的なものじゃないかという医者もいた。
病院に向かうバスは、僕が高校生のときに使っていたルートだった。中にはなぜかハイキングシューズを履いた健康そうな老人の一団が乗っていた。老人が行くような場所は停留所で思い浮かばないので、昔とルートが変わったのじゃないかと確認もしたが、ルートは昔と同じままだった。バスの車内ではいとこと、痛みについての話をした。今までに感じた1番痛かった経験は忘れてしまった。いとこはこれから先、いくつもの種類の痛みを経験していくことをとても嫌がっていた。それから僕が仕事をやめたことについて話をした。
病院前の停留所でバスを降りた。老人の一団はどこに向かっていったのか分からず終いだった。いとこを診察室に送った後、僕は病院の食堂でコーヒーとパンケーキを頼んだ。食堂から見える山羊やうさぎや双子のオレンジジュースを飲む女の子を見て、この風景を見たことがあると思った。しかし、最後に病院に行ったのは8年前のことだからそんなはずはなかった。
そこから17歳の頃のことを思い出す。友人と一緒に友人のガールフレンドをお見舞いに行った。ガールフレンドは胸骨の1本が内側にずれているので手術をして、その箇所が心臓に近かったので経過を見るために2週間くらい入院していた。覚えているのは彼女の胸の白い骨とボールペンだけだった。コーヒーのおかわりをしてさらに思い出すと、彼女がボールペンで紙ナプキンの裏に絵を書いている場面だった。彼女は見た夢をふくらませて長い詩を書いていたのだった。そこにでてきたのがめくらやなぎだった。めくらやなぎの花粉をつけた蝿が女の耳に入り眠らせる。そして、女の体の中で肉をむしゃむしゃと食べる。
いとこが戻ったは12時20分だった。そのまま食堂でいとことハンバーグランチを食べた。停留所でバスを待つ間に、いとこの治療のことや耳の聞こえなくなることについて話をした。いとこは耳が聴こえないことについて考えると、リオグランデの砦という映画のインディアンを見ることができるというのはインディアンがいないということですというセリフを思い出すらしい。
僕はその後、いとことしゃべることがなくなり海をみていたが、いとこの耳にすく微小な蝿のことを考えていた。いとこの耳で肉をたべ、汁をすすり、脳に卵をうみつけているのだ。
いとこは28番のバスでいいか確認してきた。


三つのドイツ幻想
冬の博物館としてのポルノグラフィー、セックスや性行為などという言葉は僕に冬の博物館を想像させる。冬の博物館はおおがかりなものではなく、展示してあるものもバラバラだ。柱時計のネジを巻くなど館内の開ける準備をして、自分の朝食を準備して、朝食と共に手紙の中身を確認する日課がある。手紙は水道料金の支払いや考古学の会合の通知と、博物館のお客さんからの苦情やはげましの手紙、それから博物館のオーナーからの手紙だ。オーナーからの手紙には展示品の配置換えや備品の交換などの指示が書かれている。オーナーの指示を何も考えず実行した後、僕は勃起しているかどうか確認する。そして、冬の博物館を開館する。
ヘルマン・ゲーリング要塞1983、ヘルマン・ゲーリングはベルリンの丘をまるごとくりぬいて中に要塞をつくり何を考えていたのだろう?中からコンクリートで固め、秘密の地下道をはりめぐらせ、SSとりました舞台が2ヶ月間たてこもれるだけの食料や弾薬を用意した。爆撃機も戦車も近寄れない難攻不落の要塞だったが、ロシア軍がせめてきたときにも要塞は黙ったままだった。制圧されたあと内部から火炎放射器で焼こうとしたがコンクリートにひびが入っただけだった。
彼は僕にベルリンの戦跡を細かく説明してくれた。ロシア軍とドイツ軍の弾痕の違いも説明してくれた。その後、夜にビヤガーデンに行き、明日ならも郊外のもっとすごい戦闘のあとの操車場に案内もできるし、女の子を紹介できるとも言った。でも、僕はビザの滞在期限がせまっていたので、フリードリヒシュトラッセ駅につかないといけないと断った。その後、ゆっくり歩いても15分あればSバーン駅へつける交差点で彼とは別れた。フリードリヒシュトラッセを北に向けて歩きながら、僕はヘルマン・ゲーリングが何を考えていたか考える。
ヘルWの空中庭園、僕が最初にヘルWの空中庭園に案内されたのは霧の深い11月の朝だった。その空中庭園は、空中庭園であることを別にすればどこにでもある3級品の庭園だった。ただ僕はヘルWの空中庭園を見たかっただけなのでがっかりすることもなかった。そして、ヘルWとお茶を飲んだ。空中庭園をもっと空中庭園らしくしたかったのだけど、あまり高くすると東ベルリンの兵士が過敏になり、サーチライトやマシンガンの銃口がずっと庭園を向いていることになる。もしも空中庭園が風圧の関係などで東ベルリンに流れるとスパイ罪を適用されて、生きて西ベルリンには戻れなくなる。だから、空中庭園を15センチしかあげることができなかったという。もっと安全な場所で空中庭園を高くしないのかと問うと、このクロイツベルクが友人もいて1番いいんだと言った。夏には空中庭園で毎日パーティをやるから夏に来なさいと言われた。


感想・レビュー
もちろん再読だからなのだけど、どれも読んだことがあると感じた。それをおいておいても村上春樹の話は同じような印象をうける。主人公が毎回僕で名前が分からないせいかも知れないし、でてくるビールやパスタなどの小道具が同じなせいかもしれない。
そして、毎回感じるのは虚無感。だから何という寂しさというか、あっけなさでもあるし。何か起きたはずなのに最後には全てが元にもどって何も起きなかったように感じてしまう。


今回で1番好きなのは「踊る小人」の話だった。どこがって言われるとちょっと説明しにくい。割りとめくらやなぎと眠る女も好きだった。
冬の博物館がセックスと結びつくのはよく分からないが、芸術だろうなと思う。そういうものだ。