数えずの井戸 京極夏彦

数えずの井戸

数えずの井戸

きっかけ
ついにブログタイトルとは全く違う新品で買った本の紹介となってしまった。定価2000円。今までのような中古本なら19冊は買うことができる。でも、それだけの価値があると信じることにする。


京極夏彦は、10年程前に「狂骨の夢」を読んで以来、バイブル的な扱いで、僕にしては珍しく新作を唯一通常の本屋で買っている作家である。この人の新作がたくさんでるのはうれしいのだけど、最近はいろんな本が出すぎて、さすがに買い控えている。そこで今では、百鬼夜行シリーズ(京極堂、榎木津、関口など)と巷説百物語シリーズ(又市、おぎん、治平など)の2シリーズだけは、新作で買うようにしている。


今回の「数えずの井戸」は、どちらのシリーズでもないのだけど、「笑う伊衛門」、「覘き小平次」などと同じように、江戸時代の怪談を新解釈で書いた小説で、巷説百物語の又市などが登場しているので買うことにした。


ネタバレ・あらすじ
「数えずの井戸」は、江戸時代の怪談「番町皿屋敷」のストーリーを元に、新解釈で書き直している。


番町青山家屋敷跡の井戸には、夜な夜な幽霊がでるという噂がたった。幽霊は、皿を9枚まで数え、1枚足りぬ、恨めしいという言葉を吐く。この幽霊がでるようになった理由は、人それぞれが違う理由を語った。当主青山播磨が腰元の菊に惚れてしまったことに嫉妬した奥方によってはめられ、手討ちになった菊が恨み言を吐いているとか、腰元の菊が10枚揃いの家宝のお皿を割ってしまった罰で手打ちになり恨み言を吐いているとか、菊の親が盗人で青山家に捕まえられたことで逆恨みして、親子2代で祟っているとか。
どの理由も本当のようだが嘘っぽく、真実は知れなかった。菊が幽霊としてお皿を数えている本当の理由を知る者は誰もいない。なぜなら、菊も播磨も青山家使用人もその親族達も、事情を知る者は青山家でみんな死んでしまったからである。


直参旗本青山家当主、青山播磨は幼少の頃から、常に何かが欠けている焦燥感を味わっていた。数を数えてそれで全部だといわれても、本当はもっとあるのではないかという欠落感。それは、火付盗賊改め役の父青山鉄山が死に、自分が当主になっても消えることはなかった。庭で見つけた陰気な井戸に欠落感の正体を感じる。しかし、それが分かったところで日常の欠落感は変わらないし、これからも変わらないのだ。それでも、伯母は青山家のために次期老中大久保家の娘との縁談を進める。たいした興味もわかないので、強く否定もできぬまま、縁談は成る方向で進んでいく。欠落を抱えたまま。


いろんな奉公先で失敗ばかりしている娘、菊がいる。菊は幼い頃から、莫迦だと言われてきた。何をやらせても遅く、失敗も多かった。それは先を見すぎて最良の手を考えている間に時は進んで、結局方法を選べないことで最悪の結果になるからである。それをいいことに奉公先の別の人間に濡れ衣をきせられることも多かった。
今回も、そういう失敗からお店から暇をだされてしまった。数を数えると数え違いや抜かしがないか気になり物事が手につかなくなる。だから、数を数えずにすむ空は好きだった。大好きな空を見上げたまま、実家にたどり着くと母の静と御行の又市がいた。又市は、菊が奉公していたお店を紹介した人の頼みでいろいろ調べていた。今回の菊が暇をだされた理由は、菊の器量があまりに良かったので、女将さんがやきもちを焼いて追い出したというのが真相だった。


青山家側用人、柴田十太夫は、褒められるためなら何でもする男だった。幼い頃は、重いものを持つことで褒められたし、褒められるために嫌いな食べ物で笑って食べた。今も、当主青山播磨に褒めてもらうためにがんばっているが、全然褒めてもらえない。先代鉄山はよく褒めてくれたので、満ち足りていた。そこで、自然に叱られることもあるが、それでも褒めてくれる伯母の言うことを聞くようになった。そして、伯母の命令で青山播磨の縁談のために、家宝の皿を探すことになった。
その家宝探しを始める時に、庭に又市が現れた。又市に菊の奉公先の世話を頼んだのが、柴田十太夫だった。また菊が暇をだされたことを報告され、次の奉公先を頼もうとするが、又市はまた同じ様な結果になると注進し、あとは十太夫がなんとかすると答えた。そして、又市はもう菊の件から手を引くことになる。


遠山主膳は、旗本の次男坊で部屋住みの男だった。自分自身も含め、この世の何もかもが嫌いで馬鹿馬鹿しかった。主膳は、播磨と同門の剣道場に通っていて、播磨の使用人の権六などと白鞘組という徒党を組んで町人を蹴散らしたりもしていた。その権六が、播磨の縁談の話を知らせにきて、播磨は家を継ぎ嫁をとろうとすることで、どんどん腑抜けになっていくという。播磨に自分と同じものを感じていた播磨が何も嫌がらずに為されるがままになっていくことが気に入らないという。怒りも笑いもせず、縁談も嫌といわない播磨が。


米搗きの三平という男がいる。祖父、父と米搗きをずっとしているので、そこに疑問もなく、ただいつも数を数えながら餅をついている。数はどこまでいっても終わることはなく、いつのまにか数が分からなくなって、それで最初から数えなおしている。それでも、数を数えなくては餅をつけない、杵をふるえない。
その疑問をもたず、欲を持たず、何も楽しみを知らない、考えないまま生きている三平を心配している徳次郎という男がいる。徳次郎は放下師として芸人で食いつないでいる。三平の暮らしを見ていると、昔の自分が重なり三平をなんとか他の世界にだしてあげたいと世話を焼いている。餅つきの暮らし以外考えたことがなく、度胸とかそういうものも分からないが、江戸をでたくないという。自分では気づいていないが、徳次郎は、三平は幼馴染の菊のことが好きなのだろうと思い、事によっては仲人口もやるという。それでも、三平は菊をそういうふうに考えたことがないし、嫁をとっても養えないので分からないという。


次期老中の娘、大久保吉羅がいる。吉羅は欲しいものはなんでも手に入れてきた。しかし、わがままなわけではなく、絶対に手に入らないものは欲しくならなかった。ただ反面、手に入れることができるのに手に入れないことはとてつもなく嫌だったし、莫迦だと思った。
吉羅は、青山播磨との縁談をし、青山播磨が欲しくなった。それは惚れたと気に入ったとかいうよりは、物を欲しいという気持ちに近い。他の人々のように遜ったり媚びたりしない、素っ気無い態度がよかった。しかし、吉羅も武士の娘ということで婚姻が気持ちだけではどうにもならないことを知っている。旗本として各の低い青山播磨では、父にとって、大久保家にとって利があるかどうかが大事だった。父は、青山家の家宝の姫谷焼の10枚の絵皿がほしいといった。これは珍しいもので現老中に献上すれば大久保家の出世の役に立つという代物である。青山家の伯母との話では、家宝の皿は現在捜索中であるという。吉羅は、家宝の皿も播磨も手に入れることを決め、見つからない家宝を皿を自ら探すために、青山家に嫁ぐ前に住み込ませてもらうことをなった。


こうして、播磨の婚礼は決まった。来月になれば、臨時の火役もつくことが大体決まっている。伯母はその前に縁談をまとめてしまおうとしている。青山家は大久保家より格は下なので、断る理由もなく、今更相談すべきこともないはずだが伯母は今日も来るという。十太夫の探している家宝の皿がまだ見つからないらしい。広い屋敷ではないから、まだ見つからないのなら、それはないのだと播磨は思っている。見つからないほうがいいとも思っている。
欠落感を埋めるように播磨は庭の井戸を見ることが習慣になった。庭の井戸から吹く風は、その瞬間だけ播磨の欠落感を忘れさせてくれた。そして、伯母の相談事から逃避するために出掛けようとすると、権六に声を掛けられた。白山社の境内で遠山主膳が待っているという。
播磨は、白山社で遠山主膳に会った。そこで主膳に縁談や、白鞘組として行動しないこと、最近は稽古にもでないことを尋ねられる。特に意味はないと播磨は言う。自分と同じ種類のはずの播磨が、何かにしたがっていることが気に入らないらしい。愉しくないのにそれをしているのが気に入らないという。愉しくないなら全て壊してしまえ、欠落感をなくす術は全て壊すことだと主膳は言う。


菊は、母の静から三平と結婚しないかと言われた。三平とは縁があるのだという。だから、結婚するのも悪くない、今なら前のお店からもらった詫び賃があるから、2人の生活を始めるくらいはできるだろうという。後は自分で決めろといわれ、菊は外を歩くことにした。
空を見ながら歩いていると、いつの間にか知らない池のほとりに着いた。その池には相談事から逃避していた播磨がいた。播磨は菊に、石地蔵の数を尋ねた。何度も数えても足りない気がすると。菊は、すぐにぞれですべてです、数えなくてもそれで全部ですと。播磨は少し安心して、逃避していもどうにもならないので、戻るという。


太夫は何日も皿を探しているが、一向に見つからなかった。そこで、前の側用人の槙島権太夫に何か知らないか聞きにいくことにした。権太夫は、皿の在り処は、拝領の品ではないので庫裏、つまり台所だという。この皿は青山家の井戸からの陰気を防いでいる神品だという。神品であり家宝であるので大事にしていたが、皿よりも大事な命などもないので、飾るのではなく皿を使えということから、庫裏に置かれるようになったとのこと。
太夫は、父から唯一申し送りを受けたことに、菊と静の面倒をみるということがあった。静は、先代青山鉄山がつかまえた盗賊の妻で無実なのだが、親類も罪にとわれるのは酷いことなので、逃がしてそのあとの面倒を全てみよと伝えられていた。そのことについても、権太夫に問いただしてみた。静は、罪に問われるときに消えてしまったという。権太夫は知らなかったとこととはいえ、父の遺命に従い御定法に背いてしまったことになる。


主膳の元に、また権六がやってきた。主の播磨の気が抜けていて、青山家はもうつぶれてしまうだろうという。皿がみつからなくて、十太夫は腹を切りそうだし、それでも、播磨は何もしようとしない。どうもいい振りをしている。それを聞き、播磨が壊さないのなら、自分が壊してやろうと思ったとき、主膳には何かが漲った。


三平がいつものごとく餅をついていると、菊が家にお侍がやってきたと呼びに来た。菊の家に行くと、そこには十太夫がいた。今までは父の遺命で何も聞かずに静と菊の世話をしてきたが、権太夫の話から気になって仕方なかった。静の方は、十太夫が全て知って世話をしれくれていると思っていてたようだ。
静は、夫であった菊の父親の話をする。盗賊のようなすごいことをしているとは知らず、せこいゆすりなどをやっていると思い、時々会いに来るだけだったという。でも、預け先に困っていた子供の菊を世話を頼めるのは静しかおらず、だから静が育てていた。それでも、静は菊をかわいく思い、ずっと育ててきた。しかし、あるとき菊の父親は、関係のない町人の三平の父親を殺し、青山鉄山に捕まった。そこで鉄山のお慈悲で十太夫に逃がされていると思い、今の長屋で暮らしていた。この長屋は父親を殺された三平がいて、それも縁で三平を育てることで償いと思っていたという。ことの仔細を知ってしまったので十太夫さんもこのままではいけないだろうと、静は自分が奉公にでることで罪のちゃんとして償いをするというが、それを菊がとめた。菊はすべては自分のせい、自分が静の代わりに奉公にでることで、みんなが今までと変わらない暮らしができるからという。十太夫は、菊を青山家に奉公させることにした。


皿はまだ見つからない。吉羅は青山家に住み込むようになったが、客人という扱いで何もさせてもらえないままでいた。毎日、十太夫は明日には見つけると、吉羅に謝りに来ていた。播磨は、家宝の皿も出世も縁談も興味がなさそうにしているという。十太夫に皿を探すことを手伝わせてもらうように、吉羅は頼むが主に相談しないといけないとはぐらかされてしまう。そこに菊がお茶をもってやってきた。その菊にも吉羅は播磨同様に相手にされていない感覚を味合わされた。気晴らしに庭に出ると、遠山主膳がいて、そこで吉羅は主膳に犯された。


客間に遠山主膳が通されていたはずであったが、播磨は会いたくなかった。その後に槙島権太夫が訪れた。この間に遠山は、吉羅と会っていたことになる。槙島からは、十太夫は気づいているようだがとの前置きがあり、父鉄山のしたことが語られた。鉄山のついていた火付盗賊改役は大変で密偵として雇っていた男がいるという。これが菊の父親だった。よくない財を成したものから、1度だけその密偵をつかい盗みを働かせていた。これが1度だけのつもりだったのだけど、密偵の方が義賊きどりになり、それ以降も武家屋敷などに忍び込み盗みを続けていた。そのお金は青山家に隠された。しかし、町奉行所が菊の父親に目をつけた、怯えて逃げるときに三平の父親を殺してしまった。そこで、さすがにかばいきれなくなってしまった。しかし、鉄山が静や菊に罪はないので逃がそうとしているときに、静たちは消えてしまった。
その時に、庭から悲鳴が聞こえた。着物の乱れた吉羅とそれに驚き瀬戸物を落としてしまった菊がいた。


吉羅は庭に蛇がいたという。駆けつけた十太夫は今まで1度も蛇など見たことがないという。そこで、蛇のでたことを責められた十太夫は、家内のことが滞ってまで皿探しをするなと播磨に止められてしまった。菊には、ただ割った瀬戸物の片づけが命じられただけだった。そこに青山家の腰元の仙が来て手伝ってくれた。仙は、吉羅と主膳の一部始終を見ていて、吉羅は播磨様にふさわしくないという。あの女は青山家をつぶす。しかし、仙は皿は見つからないので、2,3日で吉羅も青山家をでていくという。
その後、廊下を隅々までふく菊を播磨がみつけ、池で会ったことと菊の素性について話す。


太夫は、井戸の周りに蛇がいないか探していた。そこで、足袋の跡などを見つけ、客間に通したもののいなくなっていた主膳について思い当たる。そこへ仙が声を掛けて、2匹の蛇についての話がある、ここでは話せないので、社に来て欲しいといって消えた。
そこへ吉羅の侍女がやってきて、先ほどのことを詫びた。そして、家宝の皿がないと縁談がかなわないという実情を話した。十太夫は皿探しを播磨から止められたが、吉羅が探すのなら問題ないはずなので、探すためにも菊を下女につけてほしいとお願いにきた。返事のできぬまま、社に行った十太夫は、仙から吉羅と主膳が交わっていたことを聞き、吉羅は青山家に災いをなすので追い出して欲しいと言われた。


その少しあと、社では主膳と権六がまた会っていた。あれだけの騒ぎがあったのに、青山家も播磨も何も変わらないらしい。何も変わらぬことに怒った主膳が社を壊すと、そこにはなんと青山家の家宝の皿があった。誰かが隠したのだ。青山の縁談を良いと思わぬ者がいるらしい。盗む出して困らせてもいいが、ここに隠した者は戻すつもりで何らかの意図があるのだろう。だからそれを見るほうがおもしろいという。そして、いつか主膳が皿を割るという。動きがあれば知らせよと権六に命令して、主膳は社を後にした。


菊を好きだという気持ちに気づいてしまった三平は、青山の屋敷に走って向かっていた。しかし、米搗きが屋敷に入ることはかなわず、番兵に打ち据えられてしまった。そこを権六と主膳に捕まった。脅され菊の素性を話してしまってから、まずいことに三平は気がついた。主膳はそれを聞き、青山家が壊れることと自分が壊すことを感じた。


吉羅は、播磨が自分よりも菊を気にかけていることが気に食わない。さらに菊に欲しいものを問うたところ、何もいらないと答えたことがさらに憎らしく思うきっかけになってしまった。そこへ、吉羅の布団に屑針が仕込まれている事件が起きた。菊は本当はやっていないのだが、謝ってしまった。菊が自分のまかされた仕事を他の人がやったとしても、自分がやるべきことだったなら罪を認めるように言われた。
さがった菊の後に、侍女がやってきて皿が吉羅が歓迎されていないことをいう。針の件にしても、皿がみつからないことも播磨が邪魔をしているのではないかという。
次の日の朝餉で、吉羅は自分で飯に針を入れて、それをしたことを菊に認めさせた。昨日の布団の針の件も認めさせた。


播磨は、その針の件で騒いでいることが分からないでいた。十太夫が菊を必死にかばったが、菊は侍女に庭の柳に張り付けにされて、制裁を受けていた。十太夫が信じるなら播磨も菊を信じることにし、菊の制裁をやめさせようとする。しかし、菊は自分がやっていないにも関わらず、他のえらい人たちが困るのが嫌で自分が悪いことにして場を収めようする。ただ奉公先のお店のように収まることはなかった。播磨がやっていないからと縄をとこうとすると、吉羅がそれをとめ、自分より菊を気に掛けることに対して怒る。このことを不問にするには、家宝の皿がほしいと吉羅は言う。皿がなければ厳しい処罰をすると。


そのまま、縛り付けられたまま菊は空と星のうつる井戸を見ていた。その後ろに仙が現れる。仙は助けてくれようとするが、侍女が近くによってきて、家宝の皿について菊に問いただした。見つからなければ、菊はどうなるかわからないという。仙はそれを聞き、皿の在り処を知っているといった。吉羅の行いを言おうとするところへ、吉羅本人もやってきた。家宝の皿はあげるから青山家をでていけと仙は言った。菊のために部屋を探していた播磨も皿はなかったと吉羅に知らせるためにやってきた。皿を隠した仙が、吉羅と主膳のことを話そうとしたときに、仙は後ろから家宝の皿を持って現れた主膳に切られてしまった。
皿のために仙が切られ、皿を悪いと思った菊は、皿を奪った。


この時に、起こったことは後から又市と徳次郎が語ったとおりである。
徳次郎は三平と会っていて、そこに青山家の使用人と静がきて、菊が手討ちなったから遺体を引取りにこいといわれた。青山家に行くと、腰元(仙)と吉羅と菊が死んでいた。主膳が血刀を持っていたように、播磨も血刀を持っていた。菊が家宝の皿をうばったので、決まりどおり手討ちにしたという。十枚揃いの皿を三平に渡し数を数えさそうとしたが、三平は数えることができなかった。三平は怒り、人死にがでないように皿の箱を敷石になげつけ、井戸に放り込んだ。主膳はそれを見てすっきりし、播磨ができなかったことを三平がしたことを喜び、初めから壊しておけば何も怒らなかったはずだと言った。それに怒った十太夫が主膳に切りかかったが、逆に斬り伏せられた。しかし、それでも動じない播磨をみて、壊れていないことに怒り、吉羅の腰元2人を殺し、そして皿の数だけ壊してやると、三平も殺した。三平は井戸に吸い込まれていった。播磨はようやく主膳と戦うことになるが、その前に家来を全て切り殺した。主膳を殺したあと、静に菊のことと菊の父親を殺したことを詫びた。そして、欠落感をずっと感じていたが、欠けていたものなど初めからなかったことを教えてくれたのは菊だったと言った。菊にも詫びた。ただ、静は恨みますると一言いい、菊の亡骸を抱えて井戸に身を投げた。
播磨は、最後にまだ生きていた徳次郎に後始末を頼んだ。すべては播磨の乱心で家臣が死んだこと、全て播磨が悪いのだと伝えてくれと。欠けたものは部屋にあるから使ってくれとも言われた。その後、播磨は青山家を飛び出し、町奴に斬りかかる逆に殺されてしまった。もちろん死ぬつもりだった。生き残った小姓などには、播磨の部屋にあった盗んだ金の残りを与え、口止めをした。その金の下から、皿が1枚でてきたという。


これが悲しかったし、辛かった徳次郎は、あったことをそのまま、自分の術を使い、再現していたのだ。静の気持ちも、三平の気持ちも、菊の気持ちのそのままに。だから、いくつもの怪事の噂が流れていたのだ。
でも、もう誰も恨んでいないだろうと、又市は井戸に最後の1枚を投げ入れて蓋をした。


感想・レビュー
どこまでも鬱々するという感想が、アマゾンのレビューでも多かったけれど、読後の正直な感想はやりきれないだった。笑う伊衛門に通じるが、この又市の巷説以外のシリーズがやりきれないものが多い。誰が悪かったわけでもなくて、誰かが誰かを思う気持ちが、少しずつ現実に影響をして悪いほうに流れていってしまって、最悪の結果になってしまったとしかいえない。
しかも、今回は、又市も徳次郎もほとんど登場せず、仕掛けは何もなかった分、ほんの少しの救いもなかった感じがする。


鬱々するという部分は、播磨、主膳、三平、菊、吉羅、十太夫の性質の説明のせいだと思う。でも、それは誰でも多かれ少なかれ持っている部分だと思う。誰か1人には当てはまってしまいそうな怖さもある。僕は、あえていば播磨なのか。
ただどの人も明日とかに未来に対する不安や諦めが、読者の心すらひきずってしまうのだと思う。誰もが取り込まれそうになると思う。気分が落ち込んでいるときに読んじゃいけない感じ。


でも、やっぱり最後の決着を読んでしまうと、悲しいとしかいえない。少しでもタイミングや歯車が他のずれ方をすればこうならなかったはずなのにと。徳次郎の気持ちがよく分かる。幽霊にでもしてあげなければいけなかったのだと思う。